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個人の発想、集団の発想

ここしばらく個人の発想のことばかり書いているが、先日のシンポジウムで最後に話題になったのは「小さな集団を創造的にするためにはどうすべきか」だった(僕の個人的な解釈によれば、だが)。集団を構成する個々人の発想が豊かになることはもちろん大切だが、そういった個人が集まればそれで「豊かな発想を持つ集団」になるかというとちょっとわからないし、また、逆に集団が個人の発想を豊かにするという側面もあるはずで、個人レベルのことばかり考えていても正しいソリューションには行き着けないのではないかということだ。[松岡裕典
ニュースサイトや個人のコラム(ブログ)を見ていて、たいがいは「あーそうですか」と読み流すのだが(知ってると思って処理してしまうということ)、時々「ふーん」あるいは「あれ?」と思うこともある。そのまま読み流すには引っかかる場合で、おそらくそれは、その場ですぐに言葉にならないなにか曖昧な部分(グレーゾーン)がある場合、あるいは即座には理解できないが何か重要な部分があると感じられる場合だ。
こういうとき、とりあえずクリッピングしておくことにしている。ブックマークはページが消えてしまえば役に立たないからだ。クリッピングといっても特別なアプリケーションは使っていない。テキストをコピーして自分宛にメールで送るだけだ。
実はアプリケーションもいろいろ試してみたのだが、そのアプリケーションでなければ開けないデータ形式だと他のアプリケーションに持っていくのが面倒だし、ローカルのディスクに保存するタイプだとディスクがクラッシュしてしまえばアクセスできなくなる可能性もある。しかし、メールであればサーバーにも残せるし別のマシンで受信しておけばそれもバックアップになるからだ。いくら機能的に優れていてもデータが読めなくなってしまっては元も子もない、というわけでDOSの時代から最終的な保存はテキストにしている。
ともあれ、そんなわけで個人でクリッピングする方法論はほぼ確立している。次の問題は、集団でクリッピングを共有したい場合にどうするか、ということだ。個人では知識が足りないためにうまく理解できない情報も、知識のある人の説明を聞けばそれを補うことができる。クリッピングデータに「この××って○○のことでしょうか?」といったメモ付きで共有できれば、集団が個人の発想や知識支援になるはずだ。
これに「共有クリッピング」という名前を付けて、ちょっと、グーグルで検索してみたのだが、ヒット件数はゼロだった。これをどう解釈すればいいのか、実はよくわからない。どなたか教えていただけると助かるのだけど。
(Thu, 23 Oct 2003)