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なぜアルキメデスは裸のまま家まで走って帰ったのか

国王から「自分の王冠が本当に純金製かどうか、壊すことなく知る方法を考えよ」と言われていた彼は、シラクサの街にあった共同浴場で浴槽に浸かった時にあふれ出た湯を見て、後に「比重の原理(浮力・浮体の原理)」と呼ばれる原理を発見した、のはご存知の通りである。そして、彼は裸のままシラクサの街を家まで走って帰ったと言われている。[松岡裕典

このエピソードにはいくつかのバリエーションがある。有名なのは「アルキメデスは嬉しさのあまり風呂場から飛び出し、シラクサの街中を走り回った」というものだが、これでは「アルキメデス阪神タイガースの優勝を聞いて嬉しさのあまり道頓堀川に飛び込んだ」と言うに等しい。「これは!」と思う着想を得た人間がする行動とは考えられない。

着想を得た人間がすることは決まっている。それは、とるものもとりあえず書き留めることである。なぜなら、着想が我々の頭の中だけにしか存在しない状態では、その着想は消滅の危険にさらされているからである。「重要なものであれば忘れるわけがない」と我々は思いがちであるが、そうではないことをアルキメデスの逸話が証明しているとも言える。

我々が思いつく些細なアイデア、ちょっとした発見など、生成した次の瞬間に消滅したとしても何の不思議もない。アルキメデスの発見は、我々がもう一度発見するわけにはいかないが、「着想は簡単に消える」という彼の知識は、我々にも、そして何度でも使える知識、つまりは知恵である。この知恵を使わないとしたら我々は2000年間いったい何をしてきたのか、という話になってしまう。
(Thu, 14 Aug 2003)