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見えない“情報が伝わる構造”を探して


情報の内容をコンテンツとするなら、そのコンテンツの持つ意味を確定させるのがコンテクスト(文脈)である。それは、恋人との会話で囁かれる「バカ」と、出会い頭に衝突しそうになったバイクに向かって叫ぶ「バカ」の意味が違う、ということを考えればおわかりいただけるはずだ。

で、前回、コンテクストが薄く(正しくは低く)なりつつある、つまり、コンテンツの意味がうまく伝わらなくなりはじめているとしたら、それを情報デザインによってカバーできないか、という話をした。

しかし、ほんとにそんなことができるのかどうか、もうちょっと具体的に細部にわたって考えてみないといけない、というので、連休中にうんうんと考え込んで “情報が伝わるときの構造”を表した図を作ってみた。

【図】

▼コンテンツが成立するためには実にたくさんの要素が絡み合っている
図にしてみて改めてわかったのは、とても気軽に“コンテンツ”という言葉を使い、そして作っているが、コンテンツがコンテンツとして成立する、つまり、意味内容のあるものとなるためには結構いろんな要素が絡んでいる、ということだ。図の説明をしながら、考えてみることにしよう。

▼メディア・ツール
一番下のレベルは、情報伝達を実現しているツール(身体、声、言語、文章、本、メディア、電話、コンピュータ、ソフトウェア、インターネット等々)で、これの使い方がわからないと、情報を発信することも受信することもできない。コンピュータリテラシーとか情報リテラシーメディアリテラシーなんてのはここに関わる要素ということになる。

▼ライブ・インタラクション
その上のレベルは、本来、コンテンツとコンテクストの2つになるはずだが、ここではその中間に“ライブ・インタラクション”という中間レベルを設けて3つにしてある。ひょっとすると“インターフェイス”と呼んだ方がいいかもしれないし、あるいは“運用と解釈”みたいな言い方でもいいかもしれない。というのは、コンテンツもコンテクストも、ある意味固定化されていて、そうそう変わるものではない。でも、そういう固いモノだけで情報伝達・コミュニケーションが成り立っているとは僕には思えないのだ。法律みたいな固いモノでも、時代が変われば解釈も変わるのだから、コミュニケーションでもそういう柔らかな部分がきっと重要な役割を果たしているに違いないと僕は思うのだ。

▼コンテクスト
2のレイヤーがいわゆるコンテクストで、ここでは2つに分けてあるけど、分け方によってはもっと細分化されると思う。たとえば、その場の会話の流れみたいな“テンポラリなコンテクスト”なんていうのもあるだろうし、特定の相手だけで成立する"プライベートなコンテクスト"っていうのもある。でも、こういうのはその場で臨機応変に生成・消滅するようなものでもあるので3のレイヤーに含めてもいいと思うのだ。

▼コンテンツ
4のレイヤーがいわゆるコンテンツなのだが、元々のコンテンツには形(スタイル)がない。ここでいう“元来の”というのは、たとえば“今日、取引先であったちょっとしたトラブル”とか“帰りの電車の中で出会った、ちょっと好みのタイプの女性について感じたこと”とか、“テレビを見ていてふと脳裏に浮かんだイメージ”みたいなことを指す。こういったぼんやりとしたモノはそのままでは他人に伝えられる情報にはなっていない。それらに言葉や文章や絵といった形を与えることではじめて情報になるわけだ。つまり、この無形のコンテンツを入れる器がフォーマットである。入れる器によって水の形が変わるように、同じ経験でも、音楽家は曲という器に入れるし、詩人は詩という器に、画家は絵画という器(フォーマット)にそれを入れるのだと思う。そして、このフォーマットには見た目のスタイルだけではなく、論理的な構造も含まれるはずだ。

およそ、こんなふうにして“情報が伝わる構造”ができているのではないかと思うのだが、問題は、この構造がデジタル技術やインターネットによって大きく変わろうとしているということなのだと思うが、問題は、いったいどこがどのように変化し、それらがどう結びつき、最終的にどういう構造になっていくのかがまだ見えないことなのだ。


[2001年05月10日]