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誤解を生まない情報をデザインする方法

前回、誤った情報は“受け手が情報を受け取り損ねることによって作られる”と書いた。だから、誤った情報を生み出さないためには“正確に読み取る技術”こそがむしろ重要なのではないか、もっと「読む」ということに対して意識的になるべきではないかということだ。
しかしそれは“誤った情報が生成される責任は受け手にある”を意味しているわけではない。むしろ逆で、責任は基本的に送り手にある。では、送り手として何が要求されるのかと言うなら、1つはもちろん、世の中にたくさんある“書く技術解説書”のいうとおり、正確に書くということなのだが、問題は、どれほど正確に書いても誤解される場合、理解されない場合は存在するということ。受け手が異なれば受け止め方は違うし、同じ人間でも時と場合によっても違うからだ。
つまり2つめは、受け手の状態に合わせて、受け止めやすいように情報の形やスタイルを最適化するということになる。といっても難しい話ではない。生の数字を羅列したシートでも数字のプロなら楽々と読みこなすが、普通の人間ならグラフにしたほうが読み間違いが少ない、というようなことだから。


■デザイナーとアーティストは似て非なる職業である
本題に入る前にちょっと説明。それはデザイン(デザイナー)とアート(アーティスト)が異なるものだということで、私はデザイナーなんかになれない、と思いこんでいる方への一言、予備知識として。
デザイナーとアーティスト(芸術家)とを混同している人は意外に多い。デザイナーの中にさえ自分はアーティストだと思っている人もいるのだから、仕事の内容を知らない一般の人が誤解するのは無理もない。でも、この2つは似て非なる職業だ。簡単にいうなら、アーティストとは"自分が伝えたいことを表現する人"であり、デザイナーとは"他人が伝えたいことを代わりに表現する人"である。文章でいうならデザイナーはコピーライター、アーティストは作家にあたる。
デザイナーに必要なのは"創り出す能力"よりも"読み取る能力"だ。伝えたいと思っている人(=クライアント)が何を伝えたいと思っているかをきちんと読み取れなければ、表現として(芸術作品として)いかに優れていても、デザインとしての価値はゼロだ。逆もまた真なりで、極限すれば"読み取る能力"さえあれば"(ユニークな表現)を創り出す能力"はゼロでもデザイナーになれる。一般的にデザインは視覚的な表現だと思われているが、情報デザインは視覚的なものだけではなく、文章も含まれるから、わかりやすい文章が書ければ、その人は情報デザイナーと呼ぶことができる。


■デザイナーは送り手と受け手の間に存在する中間者である
というわけで、デザイナーはクライアントに取っては受け手であり、受け手にとっては送り手になる。つまりデザイナーは送り手と受け手の両方の顔を持つ翻訳者、流行の言葉でいえば中間者(メディエータ)だ。
デザイナーは、そのクライアントが発信しようとしているモヤモヤとして形にならない何かを読み取らなければならない。同時に、それが誰に向けてのものなのかも把握する必要がある。となれば、対象となる受け手のレベルや状態や気分も正確に把握しなければならない。ようするにマーケティングである。アーティストにはマーケティングの素養は不要だが、デザイナーには必須だ。
最初に"生の数字を羅列した表計算のシートとグラフ化された情報"のたとえをしたが、数字を羅列したシートを作るのは、むろんクライアントの仕事であってデザイナーの仕事ではない。デザイナーの仕事は、その情報を受け手にとってもっとも受け取りやすい=誤解を生みにくい形に変換する(いわば最適化する)ことだ。
この例でいうなら、相手が数字のプロであればそのまま、数字になれていない人にはグラフに、視覚に障碍があるなら合成音声での読み上げが可能な文章に、どれを選ぶかを決め、さらに受け手が見て(聞いて)快適になるような意匠を施すことだ。もしあなたが「うーん、これはグラフにしておいたほうが課長は喜ぶだろうな」と考えたとしたら、そこでもう情報デザインの領域に足を一歩踏み入れているのである。


[2001年04月19日]