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「電子出版」の簡単な実験

と、ここまでは言ってみれば「電脳都市」風の夢物語であり、こういうのはいくらでも書けるわけで、僕の仕事ではない。実際にどの程度のことができるかというのが、僕のテーマであり、DTP界の「暮しの手帖」と呼ばれるのもこの姿勢あってこそ、である(今回は少し怪しい雰囲気が漂っているが)。とりあえず必要な機材を用意するところから始めよう。
[準備]
著者、出版社、本屋さんで1ユニットとして考える。取次については今回はパス。
3者共通に必要になるのは、ハードウェアとしてコンピュータ(著者はワープロでもいい)とモデム。ソフトウェアは、ワープロあるいはDTPソフト、それに通信ソフトとデータ圧縮のためのソフトウェア。
出力装置は出版社と本屋さんにはページプリンタが必要。著者はドットプリンタでもなんとかなる。出版社にはこの他にBBSホストを運営するためのもう1台のコンピュータとホストプログラムとハードディスク。
ビジネスとして本格的にやるのでなければ、これだけあれば始められる。機器の詳細は[表1]を参照のこと。
[実験開始]
1.原稿を作る
原稿は、実は何で作ってもいい。現時点では『新松』が理想的だが、『一太郎』でもいいし、通信機能が付いているならOASYSや、文豪mini5Hのようなワープロ専用機でもいい。通信で送ってしまえばデータの形式は関係なくなるから、データコンバートの必要もなくなる。
印刷会社や写植屋さんは高価なデータコンバートソフトを買い揃えるよりも、自分のところでネットワークのホストを始めた方がずっと安上がりだと思うのだけれど、まあこれは余談。実験のための原稿は、僕らがやっているWENETのメンバーの一人(女性)が、『一太郎』で書いた長編小説を使わせてもらった。400字で280枚、約190KBある。
2.ホストに送る
次にこれをホストに送るのだが、一つ問題がある。この原稿がノーマルの『一太郎Ver2.1』で作られたもので、4つのファイル(正確には『一太郎』は1つの文書が3ファイルで構成されるので12ファイル)に分割されているということだ。
ワークファイルを作れば1ファイルにできない量ではないのだが、彼女が、原稿を書く以外の余計なことは考えたくない、というタイプなのでノーマルのまま使っている。ワープロユーザーとコンピュータユーザーは、重なってはいるが異質なものなのだ。1200BPSのモデムを使い、JXWファイルを順次、無手順で送って約30分かかる。これで無事出版社に入稿されたことになる。
3.ホストから編集機へ
送られて来た原稿をホストから、いったんフロッピーディスクに落し、『新松』で読み込み1ファイルにする。仮りに書式を決めプリンタで打ち出し、紙の上で校正する(画面上ではまずまともな校正はできない。紙で校正する場合の10倍近くの見落としが出る。何年か後には、画面で校正した方が間違いがないという“新人類”も出現するかもしれないが)。
次に、原稿はデザイナーの手に渡り(正しくはコンピュータオペレータが編集者からデザイナーに変わるだけ)、画面を見ながら割り付けをしていく。といっても、雑誌のような複雑な組み方をするわけではないし、今回の例のように1段組で見出しも入らない場合は、ほとんど仕事はないと言っていい。しかしこれも将来的には、仕事を奪われる危機感をバネに、デザイナーが奇抜な本文組デザインを編み出さないともかぎらない。
良くも悪くも、テクノロジーは確実に人の感性を変えていく!
4.編集機から再びホストへ
とにかく、これで本作りは完成である。ところが『新松』の文書ファイルは、『一太郎』とは違って全ての情報が1つの文書ファイルに格納される。
ファイル管理は楽なのだが、このファイルはバイナリのデータになっているので、“XMODEM”などのプロトコルを使わないと送れない。そこで今度は『ISH』というプログラムで、データチェックをしながら送れる“ISHファイル”と呼ばれる特殊なテキストファイルにする。
ただ、文章ファイルをそのまま“ISHファイル”にするとファイルが大きくなってしまうので、その前に『PKARC』と呼ばれるデータ加工ソフトを使って圧縮しておく。またこのプログラムはファイルにパスワードを付けることができるから、万が一、盗まれてもパスワードがなければ元には戻せないというオマケまで付いている。
190KBの文書ファイルが『PKARC』で96KBまで圧縮され、『ISH』で113KB程度になる。これが終わってからホストのハードディスクにアップロードしておく。少し面倒な感じもするが、原理的に見てこういった工程は将来的にも残ると思う。情報の暗号化と圧縮は、データ通信のキーワードだからだ。
とにかく、あとは本屋さんからの注文を待つばかりということになる。
5.本屋さん、電話回線で出版社へ。
いよいよ本屋さんの出番である。といっても、ホストにアクセスし、そのファイルをダウンロード、データを元に果して、レーザープリンタにかけて印刷すれば終わりだから、話が面白くならない。ダウンロードに何分かかって、印刷に何分かかってというのは、[表2]を参照してもらうことにして、ここではもう一度「電脳都市」世界に戻らせてもらうことにしよう。こっちの方が書く方だって楽しいのだ。