N/A

デジタルツールでメモが取れない理由

“IT革命の現場であるミーティングの場”で、僕はPCやPDAではなく紙(A4のコピー用紙だったり、Post-itだったりするが)にボールペンでメモを取る。コンピュータ・リテラシーがないからではなく、10年以上“なんとかしてデジタルツールでメモが取れないか”と悪戦苦闘してきた結果の話として。
ポータブルのワープロ専用機に始まり、初期型ノートPC、初代ザウルス、A5サイズのPDA東芝XTEND(といっても知っている人はいないだろうが)』、初代サブノート『IBM ThinkPad220』、『Macintosh Duo280c』、『SONY C1』…。しかし、ずっとこれらの機器を使い続けてきたわけではなく、その間には必ず手書きの時代がはさまっている。
つまり、僕はこの10年ちょっと、メモを取るために手書きとデジタルツールの間をいったりきたり、さまよってきたのだ。そして、今のところの結論としては「やっぱ手書きでしょう」という、けっこう情けない話になっている。

スーパーコンピュータも紙とボールペンの使い勝手にはかなわない

書記として議事の記録を取り、できるだけ速く参加者にドキュメントとして配信しチェックをしてもらうことが目的なら、手書きでメモを取るよりデジタルツールを使ったほうがいい。しかし、その時に自分が理解したこと、思いついたことを書き留めておくためには紙とボールペンのほうがいい。
こう書くと、まるで僕はデジタルツールの排斥を主張する“守旧派”のように、あるいはコンピュータ・リテラシーに欠ける“デジタルデバイド・オジサン”に思えてくるが、そうではない。「デジタルツールはミーティング時のメモには使えない」と言っているだけだ。しかし、この「使えない」には“未だ”という但し書き付きで、本質的に使えないと言うつもりはない。
今のデジタルツールはアポロ宇宙船を月に送った時のコンピュータよりも遙かに強力だが、他人の話を聞いて理解したり着想したことをそのままの形で定着させるには、まだ足りない。ようするに「現在のデジタルツールはミーティング時のメモ書きに使えるほどには成熟していない」ということなのだ。
下の図はある会合での僕が作ったメモの一部だが、これは非常にシンプルなほうで、普段はもっとグチャグチャと書き込んである。ちょっと見た目にはこれぐらいならワープロでも作れそうにも思える。行頭が下がっているのはインデントを設定しておくなり、タブを入れればいい。文字の色を変えることもできる。矢印もアンダーラインも2行にまたがる括弧も使える。

可能であることと現実に使えることは違う

しかし、ミーティングで他人の話を聞きながら、ボールペンの文字色を変えるのは無意識のうちにできるが、ワープロではそうはいかない。マウスあるいはパッドで文字色のアイコンをクリックして何色にしようかと考えて選んでクリックして…他の操作も同じで、話に耳を傾けながらこれらの操作がスムーズに可能かというととても疑問だ。“可能である”と“使える”は別のことだ。
この例では上から文字列が並んでいるが、普通はそうきれいには並ばない。下の行から上の行に文字に重ねて矢印を引いたり、横に矢印を引いて追加を書き込んだり、グルグルと文字を丸く囲んだり、時には簡単な図を書いて、相互の関係を表現したりする。
メモにおける文字列はそれぞれが独立していて、階層構造や並列構造を表現する必要があるが、ワープロでの文字列はあくまでリニアに流れる文章の一部であって、独立したオブジェクトではないから、他の行に影響を与えずに文字列を動かすことは難しい。
文字列を独立して配置・移動させたいなら、ワープロではなくパワーポイントのようなプレゼンツールやイラストレーターのようなグラフィックツールのほうがふさわしい。しかし、テキストツールを選んだり、図形ツールを選んで線を引いたり…は、ボールペンと同じように無意識にはできない。そして、仮に矢印でつないだとしてもそれはあくまで見た目の話であって、論理的な構造を持たせられるわけでもない。苦労して手書きメモのような図を作っても、手書きメモ以上の機能を持つわけでもない。
紙とボールペンのように無意識に使えるデバイスやソフトウェアが、いつになれば実現するのか、あるいは実現可能かどうか僕には予想できない。むしろ逆に“今のデジタルツールにできる範囲内でメモを取る”という人のほうが多くなっていく可能性もなくはない。
というわけで、とりあえず“紙とボールペン”で我慢するしかないとしても、「そうやって取った手書きメモをどうデジタル化して共有するか」という問題は残る。それはまた来週ゆっくり考えることにしよう。



[2001年07月05日]